マニュアル

本日、合羽橋にて、コーヒーのハンドドリップの器具を揃えました。
今までは、コーヒーメーカーだったのですが、はまっているうちに手でやりたいな、と。


コーヒーの粉をセットするまではメーカーも同じだけれど、そこからのお湯の注ぎ方なの加減で味が変わってくる。
まだ、自分でやったことないのでわかりませんが、
その"うまくいくかわからない"上で"うまい"ものが飲めるのってちっちゃい感動だと思うのです。



"できるかわからないこと"が"できた"感覚。
子供のころは特にそれが強いですよね。すべてが初めてで。



もちろん、ミスなく毎回おいしいものを安定して飲めるほうがいいです。


だけど、だんだんそれが当たり前になってきてしまうと、そのことに対する感覚が鈍ってくる。



この間も書きましたが、"電車や商品が時間通りにその場にある"ってことは、見えない人たちの努力あって
成り立っているもので、自動ではないし、当たり前でもない。


毎日屋根のある家で、温かいお湯があって、蒲団があって寝れるってことは、それだけで、すごいことなんです。
それは、19の夏に野宿しながら旅して、切実に思いました。


京都の友達の家に着いた時すごいはしゃいだ。風呂の、蒲団の素晴らしさに。
広い狭いとか、綺麗とかじゃなくて、蒲団ってすげー、家ってすげーってなってた。


そんなんを忘れたくないってのも一つですし、
なにより、自分の手でやっている部分が大きいほうが、僕は好きなんですよね、恐らく。
もちろん全部が全部そうじゃないから、自動でやってくれてて非常に助かってる部分はあります。


まぁでも、誰かにやってもらったものを、受けるだけじゃなくて、自分でやりたいんですよね。
もちろん人にもよるとは思いますが、手作りのものってとても愛おしいと思うんです。


画一的で、オートなことが多い世の中ですが、手動の楽しさ、手づくり感というものに
これからどんどん傾倒していくと思います。


どこでも(ほぼ)同じ味が提供できるチェーン店は凄いと思うし、重宝するけれど、
地方に行くと、それじゃなくて、そこでしか食べれないものを食べると思うんですよね。

東京の人がわざわざ、北海道までいって、松屋とかマックでご飯食べないと思うんです。
市場とかで海鮮丼食べるとか、ジンギスカン食べるとかすると思うんです。


だとしたら、"地方でしか食べれないもの"に相当するなにかを創っていきたいです。


どこを"here"とするかで"there"は変わってくるので難しいですが、
"here"を東京とするなら"there"は地方都市・田舎になると思うし、
"here"を日本とするならば"there"は海外になるはずだし、
"here"を地球とするなら"there"は宇宙になってくる。
日本の彼岸(あの世)と此岸(この世)という言い回しも"here"と"there"なわけです。



僕はどこを"here"とするかまだ定まっていませんが、魂が、心が満足する生き方をします。
なにがどうなるかわからないけど、一度地獄を見てみてもいっかと思いながら、極楽浄土を目指す気持ちに
持っていきたいと思います。




太陽のほうを向く向日葵のように、
どんな状態でも希望の方向を向いていられるように、願っております。

就職世代のみんなは、就職おめでとうございます。




1月の新年よりも、4月の春のほうが始りの感覚が強いのは僕だけでしょうか?
春ですね。





何でもない日おめでとう。
今月のBRUTUS糸井さんの特集です。


今日もありがとうございました。






【214/151】